先日の記事に登場した本、「ゆっくり、いそげ」
個人的に印象に残った部分をいくつかピックアップしたいと思います。
あらゆる仕事の正体は「時間」であると思う。
それも機械が動いた時間ではなく、人が働いた時間(「働かされた時間」ではなく)。
そして、仕事に触れた人は、直感的にその仕事に向けて費やされた時間の大きさを感じ取るセンサーを持っているのではないかと思う。
そしてその費やされた時間の大きさと、そこから生じる「快」の感覚は一定の相関性を持っているのではないか。
それは言語的なものではなく、時には意識すらされないものであったとしても、「なにか落ち着く」「気持ちがいい」「からだがよろこんでいる」のような形で感得されるもの。
「いい時間を過ごせる」ことの正体は、そういうものではないかと思っている。
「利益」とはなんだろうか。
ビジネスの世界においてそれは「お金(金銭的な価値)」であるとされる。
ただ世の中で「大事なもの」という観点で言えば、それはお金だけではないはずだ。
中略
技術というものは、失うのは一瞬だが、一度失ってしまうとそれを取り戻すのは至難の業。
そういう意味で、活版印刷や手製本といった技術がちゃんと残り次世代へと伝承されていくことは、僕らクルミド出版チームにとって「大事なこと」であり、利益なのだ。
先の成果と利益の数式に戻ろう。
もう一つの提案は、分子を目的にするのではなく、分母を目的にすること。
多くのビジネスは利益や利回りを目的としている。
となると当然それを最大化するために、初期投資はできるだけかけず、回収までの期間は短く、ランニングコストは抑えて、となっていくのが論理的な帰結だ。
別の言い方をすれば、自分/自社の利益を手に入れようとすること、つまりテイクすることがビジネスの同期になっている構図がこの数式にも表れていると言える。
それを逆転させてみてはどうか。
目的を、動機を、「ギブすること」にしてみる。
かけるべき時間をちゃんとかけ、かけるべき手間ひまをちゃんとかけ、いい仕事をすること。
さらにはその仕事を丁寧に受け手に届け、コール&レスポンスで時間をかけて関係を育てること。
つまり「贈る」ことを仕事の目的にする。
加えて、自分がずっと考えている仮説がある。
この本で述べてきたような、時間をかけること、手間ひまをかけること、贈る仕事をすること、を突き詰めてやっていけば、実はきっとGDPさえ成長させていくのではないか。
中略
こうした経済のありようは、お金以外の価値を含めた世の「価値の総和」を大きくする方向に寄与するのみならず、実は人の可能性を引き出し、仕事の内実を高め、結果として長い目で見たときに、世の金銭的価値そのものを大きくする方向にも働くのではないかと考えている。
最後までお読み頂きありがとうございました。